1月 17th, 2010 | No Comments »

 2010年は、『遠野物語』が発刊されてから百年という節目の年にあたります。『遠野物語』は、民俗学の父・柳田國男が、遠野の民話や伝承を書き綴ったアンソロジー。英訳も出版され、今では世界中で読まれています。無駄のない簡潔な文章で書かれていますがその行間は広く、読むものを遠野の幻想へと誘います。私はものごころついたときから、『遠野物語』が好きでした。

 四十「草の長さ三寸あれば狼は身を隠すといへり。草木の色の移りゆくにつれて、狼の毛の色も季節ごとに変はりてゆくものなり。」

 たとえばこんな短い章。内容は実に他愛ないのですが、読んでみると草木の色と狼の毛の色合いのイメージが重なって、風景がすっとたちあがってきます。名文と言われるものの、マジック。
 『遠野物語』には、河童や天狗や雪女など此の世ならぬものの話が多く含まれています。怖ろしい話、哀しい話、くすっと笑いたくなるユーモアもあります。ページをめくるたび新鮮な驚きに出逢える、それが『遠野物語』という文学の見事さ。百年を生きのびた物語は、きっと千年だって生きる。古びることのない物語の「感じ方」をとおして、過去と現在と未来の人間がひとすじに繋がってしまうというのは、面白いことです。自分が生まれるまえにも物語はあり、いなくなったあとにも物語は残る。
 さて百周年となれば、もちろんお祝いです。今年遠野ではさまざまな記念事業が企画されています。そのうち一つが「語り部1000人プロジェクト」–昔話の「語り」だけではない、郷土芸能や食文化などさまざまなジャンルの「語り」をとおして遠野を盛り上げ、観光客をおもてなししようという企画です。

遠野にてめんこいテレビ大久保アナとのひととき

 ご覧くださった方もいるかもしれません。めんこいテレビの「山・海・漬2009大晦日スペシャル! 遠野・イタリア語り部出逢い旅」。
 遠野の語り部さんから聞かせていただく物語は、やはり印象的でした。遠野言葉って、あたたかいのですね。囲炉裏に閑かに燃える火のように心にしんしん沁みとおる。遠野は寒い土地だから人々はうつむいて口もと着物に隠すようにして喋るようになった、だから遠野言葉にはうちにこもるような独特の響きがある、そんなお話を聞きました。
 ひとつ屋根のした人と馬が一緒に暮らしたという茅葺きの曲がり屋。明るい屋外から中へはいると、暗さでしばらくは眼が慣れません。香ばしい燻しの匂いが冷気に漂い、床はギラリ黒光り。かつてここに住んだ人は、馬のくしゃみや鼻息を聞きながら家族で語り合い眠ったのだろう、想像がふくらんできます。
 こんな「語り」に出逢いました。
 「昔はわたしも馬と一緒に曲がり屋に住んでいたんです。子馬を競りに出す日なんかね、子供にとっちゃお祭りでした。子馬の見栄えをちょっとでもよくしようと手入れをしてね。一緒に里に下りていって高く売れると嬉しい、でも子馬を手放すのはすごく辛かった。なにしろ家族みたいなもんですからねぇ。帰り道は泣いてかえりました。・・・そういえばこんな迷信もあった。なんでも馬糞を踏むと背が伸びるという話でね、子供はやったもんですよ、生暖かい馬糞を素足で踏んだ。実際の効果は疑わしい(苦笑)・・・そうと、曲がり屋のなかって暗いでしょ。これだけ暗いと、太陽といっしょに生活するしかないんです。夜は寝るしかない。寒いから家族でかたまって寝た。今と違って、寒さと暖かさのめりはりがあるから肝が丈夫に鍛えられるってこともあるんです。肴がさびしくても囲炉裏端で呑む熱い酒はおいしい。・・・それに、寒い中待ちわびた春の訪れは格別に嬉しいもの。近頃じゃ、木々の芽吹きの嬉しさにも、ひとつひとつに感動してしまうんです。年とったのかなぁ、涙もろくなりました・・・」、「馬の目ってうるんでてやさしいでしょう。なんだか泣いてるみたいでね。・・・だから子供のときは、哀しいときは馬のそばへいってね、顔を見ていた。そうすると、慰められるの」-こんな具合に、話は尽きません。『遠野物語』の舞台に生まれ育った人たちは、まるで息をするように、歩くように、かくも自然と「語る」術を心得ている。尽きないというのは、素敵です。
 厳しい自然のなかでの生活がそうさせるのでしょうか、遠野の人の気質には独特のさっぱりとした凛々しさがあるように思われて、私はそこに惹かれます。嘘のない閑かな心配りに迎え入れられる、よろこび。『遠野物語』を片手に遠野を旅する、楽しさは格別です。

「サレルノ映画祭」出席のためイタリアを訪れる

 番組後半では、私自身も語り部の1/1000人として、遠野市の姉妹都市であるイタリアのサレルノ市を訪ねました。今から28年前、映画「遠野物語」(村野鐵太郎監督)がサレルノ映画祭でグランプリを受賞したところから、両市の交流は始まりました。1984年に提携がむすばれてからは、毎年のように人々が往き来してきたそう。今回は遠野の訪問団に私も加わり、イタリア語で遠野の昔話「おしらさま」を「語る」という貴重な経験をさせていただきました。「おしらさま」は、『遠野物語』のなかにもある、馬と人間の娘との悲恋の物語です。
 遠野は北国の山に囲まれた盆地、一方のサレルノはイタリア南部に位置する太陽のさんさん注ぐ地中海の沿岸都市。人々の気性も、文化の土壌も、市の規模も、まるで違います。そんな対照的な風土に生まれついた姉妹は、お互いに惹かれあっているように見えました。おそらくは互いの風貌や性格のあまりの異質なところに。そしてそれにもかかわらずなぜか通じ合ってしまうという不思議に。一見どこも似ていないような二つの都市は、古いものを大切に思う気持ちにおいて繋がりながら、たっぷりと時間をかけて語り合ってきたのかもしれません。異質なものに触れ、同時に自身の文化の独自性を再発見し、互いの魅力を磨き合ってきたのです。一度芽生えた愛着は簡単に醒めることありません。姉妹都市交流というのがこんなに熱いものだとは、これまで思ってもみなかったことでした。
 「語る」という言葉には、「喋る」とも「話す」とも違う独特の含みがあります。「語る」の含むもの、それは時間ではないでしょうか。じっくりと腰を落ち着けて膝頭をつきあわせる、耳を傾ける、そういう時間の営み。「語る」ためには、きっと特別な話題は必要ありません。ただポーズが要るだけ。やさしい、あたたかい、「語る」というポーズが。実利的に考えたら箸にも棒にもかからないこのささやかなポーズが、今こんなにも愛おしい。たぶん時代が、語りあうことを求めているのでしょう。

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達増拓也岩手県知事を表敬訪問

 ご縁あって「希望王国いわて文化大使」を拝命することになりました。東京で生まれ育った私にとっては、ふるさとができたみたいな嬉しい気持ち。岩手は広い県です。なにしろ一県で四国ほどの面積がある。宮沢賢治のイーハトーブも、今年世界遺産登録を目指す平泉も、改めてじっくり歩いてみたい! 旅は、まだはじまったばかりです。

2010.1.17  近衛はな
(いわて文化大使、遠野市語り部1000人プロジェクトメンバー)

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