11月 4th, 2010

 盛岡の「映画館通り」を歩きながら、今年初めて秋というものを実感しました。十月ももうすぐ終わり・・・もちろん、秋はとっくのとうに来ていたのです。けれど、本当の意味での「秋の実感」はずっと遅れて私のもとへやってきました。
 空気を胸のなかにいっぱいに入れると、すっきりとしたつめたさが身体にしみました。
 盛岡の秋--。

 明日から盛岡へ行くと言った私に、ある友人が一冊の本を手渡してくれました。(その日、何故かたまたま持ち歩いていたらしいのです!)立原道造の『盛岡ノート』。それは、文庫本より華奢で、古くさくて、表紙はかすかに黄ばんだ薄いパラピン紙に包まれている、そんな本でした。

ここでは 汽車の音が芝居の舞台できこえる汽車の音のように きこえる 
何の具合だろうか それがときどき 
この僕の日をファンタスティックにする
(立原道造『盛岡ノート』)

 10月22日から24日まで、三日間にわたって、もりおか映画祭が開催されました。私も、幾つかのイベントに他のゲストの方々と参加しました。映画も、オープニングからクロージングの上映までたっぷり楽しみました。でも映画祭が終わってこんなに淋しい気がするものだとは思っていなかった。なんだか、やけにがらんとした気持ちなのです。
 それで今日は、映画祭の余韻に浸りながら、盛岡の街をひとり彷徨っているわけです。『盛岡ノート』を片手に。

 もりおか映画祭はいろいろな意味で熱い、お祭りでした。この街に映画ファンや制作者が集まり、一緒に映画を観てたくさん語り合った、そんな三日間。三日前には知らなかった人たちの顔や交わした会話がつぎつぎ浮かんで、期間中に観た映画の風景や台詞や音楽も浮かんで、それらが大きな熱い塊になって甦る、この不思議な感覚。
 盛岡には、十の映画館があり、五つのテレビ局があるそう。これは街の規模から考えると、ちょっと異様なほど多いのです。盛岡人の映像文化にたいする関心の深さが伺えます。そして盛岡にはその事実を体現するような、かなりディープな映画マニアが数多くいらっしゃいます。ここは、映画作りに携わる人間、映画を愛する人々の情熱を引きつけてやまない、「ファンタスティック」な街なのかもしれません。

 方角を確かめぬまま、真っ直ぐに歩いていくと、川に行き当たりました。北上川です。開運橋の下へ降りて、川沿いの歩道を川上へ向かって小一時間ほど歩きました。ゆったりと後ろへ流れてゆく水。気分は何故かジャズです。Bill Evansの”My Foolish Heart”。
 盛岡には川が三本流れています。市内を流れる北上川、東西から注ぎ込む中津川と雫石川。つまり、真っ直ぐ行けばやがていずれかの川にぶつかる。水の流れのある場所って、いいですよね。
 むこうには、岩手山が見えていました。空は晴れているけれど輪郭はくっきりとは見えず、そのどっしりとした黒い塊はなにか「気配」のようにしてそこに在りました。幾度見ても、岩手山が街の風景のなかに突然現れる存在感には、はっとさせられます。
 川面には鴨が浮かんで、環を描きながら漂っていました。

 そこから、光原社へ。宮沢賢治の『注文の多い料理店』の版元です。敷地のなかには、民具や小物を扱うお店があり、喫茶店があり、賢治の原稿や写真などを展示するちいさなスペースもあります。
 賢治の文字は、一度見たら忘れられない独特のかたち。賢治の文体を誰も真似できないのと同様に、賢治の文字もきっと誰も真似できない。それほど賢治らしいなにかが、文字からは滲み出ているように思います。『春と修羅』という詩集に収録されている「永訣の朝」の原稿もありました。これは、賢治が亡くなろうとする妹のことをよんだ詩。内容は泣きだしたくなるほど哀しいのに、奇妙な明るさをもった作品です。丸みを帯びた文字を目で追っていくと、やはりその哀しさと眩しさで、眼がちかちかしてくるのでした。
 ぽとぽとと水を吹いている噴水(?のようなもの)の横をとおり、可非館(コーヒー館)へ。赤煉瓦づくりの狭い店内には香ばしいかおり。カウンターのむこうで私の珈琲がつくられているのを眺めながら待っていると、ふいにステンドグラスの窓から青や緑やオレンジの光が差し込んで、レンガのタイルのうえに揺らめきました。また、眼がちかちかと。この喫茶店には、「ワインゼリー」というメニューがあって、来る度に注文してみたいと思うのですけれど、こんなムードの空間でワインゼリーを食べたら、たちまち酔っぱらってしまいそう・・・(まだ日中なので自粛しました)。次こそは、とまた後ろ髪をひかれつつ店を出て--。

光原社

 啄木新婚の家、古道具屋さんなどを巡り、裁判所のまえの石割桜に挨拶にゆく。それから、櫻山神社へ参拝。古めかしい佇まいを残す岩手銀行の辺りから中津川の河原へ降りる。
 海から産卵のために川をのぼってきた鮭が、仕事をおえて白い腹を浮かべていました。鮭がのぼると聞いてはいましたが、実際に中津川で鮭を見るのは初めてでした。傍らで、萩が赤紫の花をいっぱいに咲かせていました。

 気付けば、風が夕暮れの匂いを孕んでいます。

美しい夕映えがかかる この美しさに 沈黙は耐えられない 
しかし 言葉はすべてに形と影とを与えてしまうだろう
時はしずかだ もう僕のちいさいささやきに耐えられないほど
時はみちている(中略)
あちらこちらの 紅葉した木に 風がしずかに過ぎる
(立原道造『盛岡ノート』)

 市役所の辺りには、「トチの実が落ちます」と注意を促す立て看板が、所々に。トチの実って確かに堅そうだけれど、こんなに警告しなければならないほど危険なの?!(・・・と思って後で人に訊いたら、実際に歩行者や車両に被害を与えることがあるそうで。しかも、あの栗のような格好の実には物凄い苦味があって、おいそれとは食べられないらしいのです。複雑な行程で幾日もかけてアクを抜き、ようやく「トチ餅」になるのだと。)

 なんだか小腹が空いてきました。盛岡といえば迷わず冷麺。コシのつよさ、さっぱりとした風味がやみつきなのです。(盛岡の「三大麺」は、わんこそば、じゃじゃ麺、冷麺。人によって好みが分かれるようですが、私はもっぱら冷麺です。)幾つかの有名店がありますが、どこも味が違って食べ比べるのも楽しい。その日は、冷麺発祥のお店に向かいました。(美味!)

 お店を出ると、辺りに夕闇がみちてきていました。
 ゆっくりと、「映画館通り」を歩く、ホテルへの帰路。
 盛岡はやっぱり独特な雰囲気のある街です。訪れてみなければわからない風情があり、文化の匂いがあります。
 昨日の今頃は、映画祭がクライマックスを迎えていたなぁと、また映画祭のことを思い出し、ぼうっと空を眺めてみる。
 映画には人を集める力、人を幸せにする力がある、そういうことをひたすらに実感した三日間でした。映画作りに携わる人間として、こんなに幸せなことはありませんでした。

映画館通り

 盛岡の映画のお祭り、ホンモノの映画好きのためのお祭り。まだいらしたことのない方、来年はぜひどうぞ!
 そして盛岡の散歩にも、お出かけください。

僕は なぜ星を見ることを忘れていたか
夜の空に 星は こんなにかがやかに こんなに爽やかだ
言葉もなく 僕は 夜のなかに 立つ 夜の空気を吸いながら
(立原道造『盛岡ノート』)

This entry was posted on 木曜日, 11月 4th, 2010 at 11:47 AM and is filed under 盛岡. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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