冬の子牛

3月 4th, 2011
この春から、岩手県の県北、旧山形村(現在の久慈市)の短角牛を一年間追うことになった。
岩手の風土に育まれてきた在来種である短角牛との付き合いは、かれこれ10年ぐらいにもなるだろうか。
たくさんの素敵な縁に恵まれて、2冊の単行本をはじめ、多くのパンフレットの撮影を担当させてもらった。


僕にとって、短角牛とは単なる家畜ではない。
風土そのものといえばいいだろうか。
重い塩を背に積んで、北上山地の山ひだを縫って旅した遠い記憶。山地に生きる土地の人と生活をともにしてきた温もりにも似た記憶。
放牧地で聞く短角牛の咆哮を聞くたびに、風土の息吹や土地の人々の足音が、肌に迫ってくるような感覚に捕らわれる。


現在は食用牛として飼育されているのだが、生産者の心に占める短角牛の存在の大きさを知るたびに、この牛が単なる家畜としてここに存在していることではないことに気づく。
土地の人にとっての短角牛とは、故郷に等しい存在だと思う。
自分を包むものであり、そして自分が育てるべきふるさと。そんな存在だ。


短角牛にカメラに向けるたび、根無し草の僕は、自分にも同じものがあるだろうかと自問する。
生まれ故郷は、今の僕には距離も存在も遠く、両親という存在は大きいけれど、「ふるさと」とはちょっと違うような気がする。
おそらく、今の僕は、そしてこれからの僕も、風土を抱く者ではないのだろう。
だからこそ、こうして風土に尽きせぬ興味を抱くのかもしれないけれど。


短角牛を取り巻く土地の暮らしはこれまでもたくさん見させてもらい、シャッターを押してきた。
それでも今年新たに撮影に入ることなったのは写真撮影ももちろんだが、記録映像の撮影も依頼されたからだ。
映像については分野外ではあるが、これまで短角牛を見てきた経験から、なんとか撮るべき映像のイメージをつかめるのではないかと引き受けさせてもらった。
また、映像として短角牛を見つめることで、これから撮っていくべき写真にも新しい風を吹かせられるのではないかと思ったからだ。


そして、先日、冬の短角牛を撮るため、旧山形村に向かった。
短角牛は夏山冬里という飼育方法で飼われてきた。言葉通り、夏は山に放ち、雪に包まれる冬は、里の牛舎に戻すというものだ。
繁殖は放牧地に種牛も放つ「まき牛」と呼ばれるスタイルで、つまりは自然繁殖である。
ほとんどの牛は、放牧後の数ヶ月で妊娠するため、出産は厳寒期の2月、3月に集中する。
運がよければ出産シーンを撮れるのではないかと車を走らせた。


結果を先に言うと、今回はニアミスに終わった。
牛舎についたときには、出産直後で、濡れて光る子牛が藁の上に横たわっていた。

しかし、生まれたばかりの子牛が持つリアリティーは、言葉に表現できない大きさだった。
小さな体から湯気を立ち上らせ、大きな瞳をくりくりと動かし、始めたばかりの肺呼吸にもかかわらず、小さな弱々しい鳴き声をあげるその姿は、むきだしの生命そのものだった。
僕は、思わずその場の空気を胸にいっぱい吸い込んだ。
子供の頃からずっといろんな動物を飼ってきたが、動物の赤ちゃんの匂いはいつも特別だ。
匂いに温度があり、湿度があり、手ざわりがある。
懐かしく、強くて、切なくて、どうしようもなく胸がいっぱいになる匂い。
そして、日々の暮らしのなかで一番忘れやすい匂いでもある。


やがて子牛は立ち上がり、母牛の鼻先へ向かって歩き始めた。
母牛は歩み寄った我が子に向かって、大きな鼻から、たっぷりの真っ白い息吹をかけてやった。


この子牛はどこへ歩んでいくのだろうか。
もし、雄牛であれば、30ヶ月後には屠られる。雌牛であれば、繁殖牛としての日々を歩む可能性もなるが、もちろん食用という道もある。
ここに疑問を挟み、立ち止まってしまうのは幼稚な者の思考だろうか。
僕たちは常に他の命を自らに取り込むことで生きながらえている。ここに異論を挟む余地はないし、何を言ったところで、生命の定めは、いつの時代であっても変わらない。
でも、青臭くても、改めて、この一点を見つめることで、僕たちの日々を問いなおすことができるような気がする。
生まれたばかりの動物たちの匂いと等しく、きっと、もっとも忘れがちな部分がそこにあると思う。


この冬、生まればかりは牛舎の中で母牛とともに春を待ち、五月中旬、北上高地の頂きに拓かれた放牧地に放たれる。


また、来週、新たに生まれくる短角牛に出会うため、北上高地に出かけるつもりだ。



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