10月, 2010 Archives

はじめての雪

10月 28th, 2010
撮影で安比に行った。
今年の紅葉は夏の暑さのせいか、少し遅れている。
安比の森も、どこか緑を残すような雰囲気で、錦秋に染まるという状態ではなかった。
その森に雪が舞っていた。

秋の深まりを飛び越えて現れた冬。
まるで色彩を覆うために降るような初雪だった。

季節はめぐる。
紅葉が来ない年、雪が降らない年も存在しない。
繰り返しのなかにある。

それでも新鮮な気持ちを、いつも風景からもらう。
それはなぜだろう。

季節が永遠にめぐるというのは森羅万象を巨視的に捉えてのことだ。
人生が70年とすると、めぐる四季は70回。
めぐる四季を意識し、味わえる年齢のことを思うと、その半分ぐらいになるのかもしれない。

僕は今年で38歳になった。
もう四季を味わえるのは、うまくいって30回ほどだろうか。
永遠という言葉はとても美しい響きだけれど、僕は有限であることに惹かれる。
限りあることは、そのまま愛おしさの源になっていく。

でも、ちょっと考えてみると、永遠なんてものは、おかしなロジックに過ぎないということがわかる。
すべてのものは、限りある時のなかにある。
深い眠りの中で見る夢にもかならず終わりが来るし、沈黙を守る石であっても、永遠の時は持ち得ていない。
それが長いか短いかなんてことも、相対すれば、というだけのことだ。

その短さ悲観することもない。
短い距離であっても大地を蹴る足に力を込めれば、きっと充実感に満たされる。

そして、なによりも、走ることで、きっとたくさんの幸運も見つけられると思う。
そこに時の長さ、短さは関係ないはずだ。

たとえば、一回のちょっとしたロケでシャッターを押す回数をたとえば500回ほどだとすると、僕が残りの人生で初雪にシャッターを押せる回数はあまりにも少ない。
いつも初雪に向き合える保証なんてどこにもないから、残りの人生からマイナスした回数ということになるのだろう。
それでも昨日は、初雪に対し、シャッターを押すことができた。
それはやっぱり幸運なことだと思う。

僕は写真のテーマとして、「人間」を考えてきた。
ここ10年、迷いながらも僕なりに、人が生きることにアプローチしてきた。
その結果として得たものは、僕の抱えている年齢とは違う年齢を想像する時間だった。
今の40歳の年齢を思うことはそれほど想像に難くないが、80歳、90歳を想うことはなかなか難しいことだ。
それでも、今の僕が人間を知るにはそれを想像することは不可欠だと思って想像をめぐらせてきた。

現在、僕がずっと撮らせてもらっている被写体に90歳の男性がいる。
90歳の心境を想像することは、やはり難しい。

それでも、少しづつ老いていくその姿から、すべては限りある時のなかにいるということを教えてもらった。

初雪に新鮮さを感じることができるのも、きっと、その男性から教えてもらったことのひとつなのだろう。

大地の瞳

10月 20th, 2010

昨日、田沢湖と乳頭温泉に出かけた。
紅葉がそろそろ見頃になってきたとの話を聞いたからだ。

紅葉、桜と、季節の色彩を撮って欲しいと依頼されることは少なくないけれど、心から満足のいく写真を撮ることは本当に困難だ。
季節のピークとカメラをシンクロさせていくのは本当に難しい。
あと半日早く来ていれば、あと数10分間さきほどのまでの空模様が続いていてくれたらと、タイミングの悪さがいつも浮上する。
そもそも、開花や紅葉のコンディションは年ごとに異なるわけで、絶妙のタイミングで挑んだはずなのに空振りを余儀なくされることも日常茶飯事である。

かつて土門拳が古寺巡礼シリーズの撮影に挑んでいた際、「平等院が逃げていく」と大急ぎで撮影をしたというエピソードはあまりにも有名だが、人であれ、寺であれ、瞬間を切り取る写真にはタイミングの良し悪しがついてまわる。
風景であれば、季節の瞬間に加え、光、風、雲、様々な要因が絡み合い、そのタイミングの難しさは語るまでもない。

この難しさにいつもやられっぱなしだからなのか、僕は逆に天気予報をあまり見ない。もちろん、普通の人よりは気にしているだろうが、おそらく一般のカメラマンよりは無頓着だと思う。
「天気なんてものは、晴れれば晴れる」というぐらいにしか考えず、とりあえず現場に向かう。写真は一秒もあれば撮れるわけで、あとは現場で好転するのを待つことにしている。
もちろん、からっきし駄目な日もあるが、期待せずに待っていたところ、ほんの一瞬、劇的に好転したということも少なくない。
そんな瞬間を経験するたび、現場に立っていることの大切さを思い知る。

幸いにして昨日は天候に恵まれての撮影となったが、時期的には少し早いかなという感じだった。
紅葉自体の美しさについても、やや地味な色合いで今年はもしかしたら今ひとつなのかもしれないと思いつつシャッターを切った。とはいえ、秋のブナ林の息吹は、心身を洗い流すような清浄さに満ち、いつまでも歩いていたいほど清々しかった。

そして、あたりが暗闇に落ちていく頃を見計らって、僕は田沢湖を望む場所にカメラを据えた。

大地の瞳


太陽が山の陰に隠れ、闇が増していくなか、田沢湖は次第に光りはじめた。
「大地の瞳」と呼ばれる田沢湖。もしかしたら、最初にそう呼んだ人は、夕暮れの田沢湖を見たのではないだろうか。
正確には残照で光る空を映しているという状態なのだが、僕の目には碧と朱が入り混じる夕闇に光る瞳に見えた。

こういうシーンを目の当たりにするたび、風景の在りようは精神の奥深くにするりと忍び込んでくると感じる。
暗闇が増せば増すほど、光る瞳の存在。
それは僕の心の底で今も静かにとどまっているように感じる。

田沢湖に向かってシャッターを切り続けているうちに、気が付けばすっかり手がかじかんでいた。
自然はただそこにあるのではなく、いっときもとどまってはいない。

夏から秋、そして冬へ。
カメラを手にいつも追いかけているつもりだけれど、知らぬ間に置いてけぼりにされている。
季節のめぐりを知ることで覚える哀しさはそんなところにあるのかもしれない。

今、個展開催に合わせて10日ほど上京している。
個展のテーマは僕が岩手に移り住んで以来、ずっと追いかけている井上弁造さんという方である。
弁造さんの生き方がそのまま写真展の主題だ。

弁造さんが暮らすのは北海道で岩手ではない。しかし、北の気配というのだろうか。
写真のそこかしこに北の空気感が濃密に写りこんでいる。
雪とか、春の息吹ということだけではない。北で生きることの具体性が写真の向こうに垣間見える。
写真展情報

それはさておき、東京で毎日いると、岩手について様々なことを考える。
東京と岩手は違う。当たり前のことだ。
しかし、何がどう違うのだろうか。それは頭の中である程度、言語化することでしか見えてこない。
とくに今回は上京前に、ある撮影があって旧山形村(現久慈市)に行った。
このロケでは久し振りに、北上高地のどこまでも続く準平原で生きる短角牛にシャッターを押した。


短角牛はずっと撮り続けてきた被写体だ。
だから、今では驚くような新鮮さを持って撮影することなどできないはずなのだが、なぜかその姿を見るたびに心が震える。
その揺るぎのない存在感。ただ立っているだけで生命の塊に思える。
そしてそれが悠々と歩き、草を食むのだからますます圧倒される。

この短角牛の姿が東京の新宿にいても頭を離れない。
なぜだろうと思う。

空気の美しさ、森の豊かさ、水の清らかさ、空の広さ。岩手には東京にはないものがたくさんある。
しかし、それはあくまで事象であって、岩手が持つ本当の魅力とはもっと人の精神の奥底を揺らしたり、じわじわと訴えかけるものだと思う。

それはたとえば、生命に対するリアリティーじゃないだろうかと今は感じる。
短角牛の大きな身体に生える毛の一本一本。咆哮で揺れ響く大気、蹄が土にめり込む様。
その姿のひとつひとつの存在感の強さを疑う余地などまるでなく、「いまここに在ること」をどこまでも強く投げかけてくる。

東京はどうだろうか。街には人間という無数の生命があふれだす。
そこにはきっと牛に感じるようなリアリティーがあるはずだ。
しかし、なぜかそれを感じることは少ないような気がする。
僕自身、もう10年以上前になるが東京に暮らしてたことがある。そのときの僕は、あふれる人の波を見て、生命のリアリティーを感じたことはないように思う。

また、「都市」で語られる閉塞感や孤独感とはいったい何だろう。

これはあくまで僕の感受性の問題でもあるだろうが、結局、人は自分以外の生命や事象、それも、できるだけ遠くの存在を見て感じることで自らの存在を捉えなおすのだと思う。
おそらく、この東京という町にはこの「遠さ」があまりに見えにくいのだろう。

岩手には、どこまでも続く準平原の彼方に暮らす牛たちが存在する。
それはどこまでも遠い存在だ。
だからこそ、僕は最も近い「僕」という存在を感じられるのかもしれない。
豊かな毛並みをたくわえ、ただそこに立つ牛を見て、僕は生きているということを知る。

●ご案内
集英社文芸サイト「RENZABURO」にて、フォトストーリー『小さな伝記』シリーズの連載を開始しました。
北国の風土から拾ってきた小さな物語たちです。お時間があるときにでもご覧いただければ幸いです。
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